前の陰陽道/陰陽師ブームでの、影響力の強い人の
『○○は正しくない』
発言は、
『みんなで批判してやれ』
の隠語で、
それに唆された一部の人が、
自称陰陽師だけでなく、
小説とか漫画とか映画とかオカルトビジネスとかネットのブログ/掲示板/チャットにスゴい迷惑をかけた
という見方もあると。
霊場の云々、あんまり関係のない他宗教の末端宗教者さんまでドヤ顔でなんやかんや言ってるの、みっともないなぁと思わなくないこともないと。
本日は真言密教中興の祖興教大師覚鑁上人の忌日です。
覚鑁上人の書かれた『五輪九字明秘密釈』は陰陽道の『五行(木火土金水)』と密教の『五大(空風火水地)』は同じであると説いていて、
密教修験の技法を使うと現代陰陽師なら必読の書といえます。
FGO、奥伯隆(オベロン)のピックアップガチャが『配布した呼符15枚を浪費させるための罠』とわかっていながら、全部つかってしまった。
信仰は一般人向けに緩やかにしてあるのに、
そこに宗教的に正しいかどうかを持ち込むのは、
本末転倒な訳で。
祈れば応えてくれる神霊や、人に関わる心霊をバッサバッサと切り捨てられ、
さりとて宗教を本気で行えない人が、
スピリチュアルに向かうのは仕方がないのでは、
と思ったり思わなかったり。
じゃあなんで陰陽師はその後に登場しなかったか、昔のヤフーブログとかで考察している人がいて。
有名な話で、荻野先生は孔雀王の第一話で、夢枕獏先生の小説『闇狩り師』の、魍鬼の設定とその退治の仕方をリスペクトしていたのだけど、それが問題になったと。そも孔雀という名前自体が→
水木しげる先生の著書は大量にあるので、それらを基礎とした『水木流妖怪道』みたいなのが漠然とあって、それは民俗学などとは切り離させれて存在していて皆が楽しんでいるけど、
その規模が大きくなって影響を強まるのは、学問的には好ましくないという見方があるとか、そんなことを思ってみたり。
そうなると結局、
『伝統陰陽道』とは一線をひいた
『現代陰陽道』というのをつくらないといけない。
それは20年前に1度、北斗派の宗家さんが様々な方面の知識技術を総動員して試みて、成らなかったわけですが。
現代において、良くも悪くも、再びその機運が高まっているという気もするわけで。
陰陽師・安倍晴明の漫画『王都妖異譚/岩崎陽子著』の、藤原将之の蘇生の儀式は『生活続命之法』だから『泰山府君祭』とは別扱いかな?
祭壇自体は、天社土御門神道のをもとにしてるみたいだけど。